カテゴリ:夏の花 Summer flowers( 52 )

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スカシユリは透かし百合で、花被片の間に隙間があって透けて見えるので名付けられたが、この栽培種はどうだろう。交配の母種として使われることが多いため、形、色とも多種にわたって判別がつきにくくなっているようだ。
2011年8月、西多摩で撮影。
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アオイ科フヨウ属の落葉低木。韓国の国花である木槿(ムクゲ=ムグンファ)と同じ仲間で花の形もよく似ているが、どちらかといえばわたくしはフヨウのほうがいくらか好みだ。なぜかといえばフヨウは朝咲いて夕方には散ってしまう一日花。はかない花の命だからかな。咲く時は白花で時間が経つにつれてピンクに色が変わる八重咲きの変種であるスイフヨウ(酔芙蓉)があるせいもある。差し向かいでさしつさされつ、徐々にピンクに変わっていく美人の面を見るような気分にさせる花だが、まだ撮影の機会がないのが残念だ。
2011年9月8日、西多摩で撮影。
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綿の花。種類は多々あるが、これは黄色から赤に変化する。花びらの縁のグラデーションがきれい。
木綿栽培の痕跡は約7000年前のインダス文明にまで溯る。木綿の布はインドから地中海、さらにその先へと広まっていったが、ギリシャ人はアレクサンドロス3世のころまで木綿というものを知らず、木に生える羊毛だと誤解していたという。産業革命期のイギリスがインドその他で栽培された綿花を輸入して綿織物生産を独占し、のちにアメリカでは広大な面積の綿花プランテーションが経営され、そのための労働力をアフリカ系黒人奴隷によった。手作業による綿花収穫が機械化されたのは20世紀に入ってからだ。現在も木綿はアメリカ南部の主要輸出品であり、木綿生産量の大部分はアメリカ栽培種が占めている。中央アジアでは旧ソ連が大規模な灌漑をおこなって栽培しているのを実際に見たが、この灌漑事業が同時に引き起こした深刻な塩害はいまどうなっているだろう。アラル海はかつての三分の一ほどの面積にまで縮まってしまったらしい。
しつに7000年に及ぶ人類の歴史がこの花に込められている。
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地中海沿岸原産の野菜で江戸時代にオランダから渡来した。ヨーロッパやアメリカでは広く食用とされているが、日本では野菜としてはあまり普及していない。奥に見える蕾よりさらに若いときが食用になる。どこかイタリア料理店あたりで食したことはあるはずだが、ちゃんとした記憶はない。食べ方はここをご覧あれ。
2011年7月25日、西多摩で撮影。
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1970年代にオランダで作出されたオリエンタルハイブリッドの一品種。純白の大輪の花を咲かせる「ユリの女王」。
2011年7月26日、西多摩で撮影。
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